空師、温暖化を熱く語る
この冬は明らかに暖かい、暖かすぎる。北国では雪が少なくてスキー場が困り果てているとか、熊が冬眠しないとか九州ではホタルが飛んだとか、信じられないような話しも聞く。
ふと思いついて、何度か取材をしている空師の熊倉さんに、この頃の陽気をどう見ているのか聞いてみた。屋敷林や寺社の樹木の伐採を多く手がけている熊倉さんは、関東近県のいろんな山や林にも入る。彼ならばなにか面白い現象をきっと知っているのではないかと思ったのだ。
「熊さん、最近どう?ずいぶん暖かいけど」
電話をすると、いつもどおりの元気な声で、しかし「いやー、もう最悪ですよ」という言葉が返ってきた。じっさい彼は現場で自然界の異変を感じ取っていたが、どうやらそれは空師の仕事に直結するなかなか深刻な事態のようだった。
空師は冬場の今の時期が書き入れ時である。板材にする大きな木は、木が水分を吸い上げていない冬場に伐ったほうが後から「反り」が出ない。屋敷林などの手入れも、寒い時期のほうが枝を落とした断面の細菌感染と腐食のリスクは少ない。そうした理由から仕事は冬場に集中する。ケヤキを専門にしている熊倉さんの場合、葉が落ちる晩秋から3月中旬、つまり春に木が水を上げ始める前までが繁忙期となる。この時期の稼ぎは年間の収入の大きなウェイトを占める。
しかし、今年はもう2月の始めから、場所によっては1月からすでにケヤキが水を上げ始めているという。木を伐ったときに幹の断面から水が滲み出すので一目でわかるらしい。
「そんなのを見た経験がないから、まさかなあ……って思ったんですけどね」
真冬の寒い時期には本来、木を伐ってもそういう現象は起こらない。水分が多いと板材としての品質は確実に落ちる。できるだけよい「伐り時」を選び、いい状態の原木を生み出したい熊倉さんとしては、例年より1ヵ月も早く仕事を終わらなければならないことになる。稼ぎも当然減る。そりゃあ確かに「最悪」である。
空師は木の持ち主、つまり地主・家主と材木屋さんとの間に立って木の「伐り時」を決める。売り買いの相談をされることも多く、木の状態や伐る時期の説明をするのも日々の仕事のうちである。最近は「昔より今は(木が)水を上げるのが早いんで、伐るんだったら早めにお願いします」と、話すことも多いそうだ。
「なんとなくおかしいと思い始めたのは、そうだなあ……いつぐらいからかなあ……」
中学生のときからこの仕事を手伝い、生業にした彼が、木の水上げ時期の早まりをはっきりと意識したのは5、6年前。夏の終わりも遅くなっているのか10月ぐらいまでけっこう気温が高いので、ケヤキの落葉の時期も昔より遅くなっているという。
「きのうなんか山の中に入ったんですけど、ハエかハチみたいなのが飛んでるんですよ。何でこんな時期に虫が飛んでるんだ?っていうのが、とくにこの冬は何度もありますよ。こう暖かいと、虫とか木も間違えちゃってるんですよ。わかんなくなっちゃってる」
気温の高さのせいか、暖かい時期が長くなっているせいかはわからないが、ここ数年ケヤキの成長が早いという。早く成長した木は細胞がヤワなので表皮が剥がれやすく空師にとってはこれも悩みの種だ。
「昔よりも明らかに登りにくいんですよ。上るとき木の幹に回す胴綱も上がっていかないし、靴の爪も木に刺さらないし、けっこうきついんですよ」
じつは私は、暖冬というのは戸外で仕事をする空師にとっては、そんなに悪いことではないんじゃないだろうかと、気楽に考えていた。木の上で彼がそんな思いで仕事をしていたとは。
この暖冬が地球規模の温暖化現象と関係があるという説もあるが、真相はよくわからない。昨年は全国的に被害が出るほどの豪雪だったから、そんな話題は少なかったように思う。しかし、統計で見ると平均気温は上昇を続けている。
熊倉さんは話の中で、木の様子がここ数年「なんとなくヘン」、「なんとなくおかしい」と、何度も口にした。科学的な証明となると難しいのだろうが、肌で感じた微細な自然界の異変はどうやら統計的な数値にも符合する。空師のみならず、自然と向き合って暮らしている人々は生き物からのメッセージをきっと日々受け取っている。それは私たちの未来について思いのほか重要な意味を持っているに違いない。